2008年3月12日水曜日

3月の声を聴くと、春が一段と待ち遠しくなりませんか?出羽の国の 春を探しに森に行きましょう。

 森で春の訪れが一番早いのは樹の根元です。ここだけは、やけに早く雪が解け始めて、ぽっかりと筒状にへこんでいるのをよく見かけます。このへこんだ部分のことを「根空き」と呼ぶそうです。雪の専門家である農学部の小野寺教授が教えてくれました。根空きが迎える早い春は、どうやら森の生き物にとってもありがたいようです。

 山形大学に赴任したばかりのころ、私は当時3年生だった石井健君とよくブナ林を歩いたものです。あれは、もう雪が完全に消えた初夏のある日のこと。種(たね)や芽生(めば)えの研究が専門なので、私はうつむきがちに歩く癖があるのですが、この日はその視線の先に奇妙な現象を見つけました。ブナの若木がブナの親木の周りに限って見当たらないのです。私たちがよく行く櫛引のブナ林は、地表にびっしりと若木が茂っているのですが、気がついてみると根元だけはどこも不思議と若木がありません。石井君と私の思索の旅はこんな些細な発見から始まりました。もしかしたら、これは春の根空きと関係するのではないかと直感したわけです。

 ブナの種は山のネズミにとって貴重な栄養源で、種が落ちる秋にネズミは必死に食べます。しかし、山の秋は短く、やがて深い雪が森を埋め尽くすようになると、ネズミたちが餌探しに苦労する季節が始まります。しばらくの間、彼らはひもじさに耐えなければなりません。長い試練の時を経て、やっと春の気配を感じるころ、幹の周りに根空きができて隠れていた地表の種が顔を出したらどうでしょう。飢えたネズミたちにはパラダイスとしか思えないはずです。狭い根空きにある種は一心不乱に食べ尽くされてしまうので、そこだけ夏の芽生えがないのも当然です。

 石井君は、これを確かめるために相当に面倒な実験を始めました。まず、根空きにブナの種を置き、まだ雪が残っている場所にも種を埋めました。雪が無くなるのを待って調べると、やはり根空きの方だけ種は見事に無くなっていたのです。ネズミが食べたに違いありません。念のため、根空きにカメラを設置してみると、ちゃんとネズミが写っていました。これがプリントされてきた時には、二人で抱き合わんばかりに喜んだものです。私たちの小さな発見は、「日本のブナはなぜ豪雪地帯に多いか?」という昔からの壮大な疑問にネズミと雪がかかわっていることを明らかにしたのです。

 石井君は今、栃木にある環境関係の会社で働いています。奇しくも今年はネズミ年。「先生、今の仕事も楽しいですよ」と書かれた年賀状が、根空きを探すネズミのイラストとともに届きました。元気な便りは何よりも励みになります。そして、出羽、庄内にまた春が来て、私たちは今年も卒業生を見送る季節を迎えます。

(山形大学農学部准教授、専門はブナ林をはじめとする生態学)

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